非恋愛体質でシゴト中毒の私が、夫とスムーズに結婚できた話・前編

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私は2年前の春に結婚しました。

当時34歳でしたが
当初の目標は

「39歳で結婚できればいいかな~」

くらいにしか思っていませんでした。

なぜなら私は

「仕事と結婚なら、ダンゼン仕事を取るタイプ」

だからです。

生涯独身でも
仕方がないくらいにしか考えていませんでした。

それに今までも恋愛はほとんどうまくいっていなく
恋愛そのものにほとんど希望を見出していませんでした。

ton-tonの過去のイケてない恋愛話。
何を思ったか自分自身の恋愛を振り返ってみようと思いました。私は2年前におかげさまでお嫁に行けましたのでこんなに「イケてない恋愛」をしてきても結婚できるんだなぁ...

しかしそんな

・生まれたときから恋愛体質ではない
・そもそも結婚より仕事にしか興味がない
・ついでに「コイツは一人でも生きていけるタイプだな」と思われるタイプ

3拍子が見事にそろったワタシが
ton-ton拍子(笑)で結婚した経緯をご紹介致します。

結婚できない理由を「仕事が大好きなこと」にすり替えていた

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30歳を過ぎてから実家に帰るたびに
母親からしつこく

「そろそろ良い話はないの?」
ときかれる日々が始まりました。

そんな経験をしたことがある人も
多いかと思います。

当時の私は
週に6日、
一日当たり14時間以上はバリバリ働いていたため

なんせ「仕事人間」でした。

それにやりがいをものすごく感じていたため
「結婚」という考え自体が「邪魔」でした。

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・・・しかしあるときふと

「もしかして本当は私って結婚したいのに、
結婚できない理由を、
仕事が好きなことへ勝手に置き換えていないかなぁ。」

と不腑に落ちた瞬間がありました。

腑に落ちた瞬間、導かれるようにコトが大きく進む

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実家の母にピシャリと言い放つ

それは今から4年前のことでした。

32歳の夏、お盆で実家に帰った日
毎度のことのように母はあの話を切り出します。

「お母さん、もうその話しないで。
次にしたら、もう二度とこの家に戻ってこないから!!」

と母にピシャリと言い放ちました。

すると母はその言葉を飲み込み
二度とその話をしなくなったのです。

「だいたい娘に結婚して欲しいと思ったら、
言わないほうが効くんじゃない。

ホラ、『勉強しなさい。』って言ったところで
勉強する気なくすでしょ。」

初めて「手相占い」を受ける

それから2週間したあと、
たまたま立ち寄った町でお祭りが行われていました。

その催しで
1回300円の「手相占い」に行列ができていたため
なぜか並んでみることにしました。

かわいらしいおじいちゃんが占ってくれます。

私は何を思ったか開口一番

「ワタシって結婚できますか。」

とたずねていました。

するとおじいさんは

「できるよ。」

と即答してくれました。

なぜかその言葉だけで
自分は結婚できるような気になったから不思議です。

上海の研修先で素敵な男性たちに出会い、女子力アップにスイッチ

それから一週間後
私は中国の上海に研修に行く機会がありました。

そこで出会った経営者の方たちが
まぁ、イケメンだらけ。

当然既婚者がほとんどでしたが
なんか恋愛スイッチが急激にONになったのを覚えています。

またその研修では

自分の願望を書き出すワークがありました。

人生でやりたいこと100 前編(1~50)
人生は一度きりです。同じ一度きりの人生なら私は、人生=自分の夢を叶えるための冒険の連続だととらえています。自分の人生を歩んでいくうちに様々な困難や変化にぶつか...

ここで私は一番最初に

「結婚する」

と書きました。

叔父がひとこと。「大きなビジネスを成し遂げるより母親になるほうが偉大」

上海の帰国から数週間したあと、
父から誘いがありました。

自宅と父の実家が近く
叔父さんと一緒にたまには飲もうよということでした。

いつも優しく私を気にかけてくれる
父の弟の叔父さんが

「ton-tonちゃんさ、大きなビジネスで成功させるのもスゴイことだと思うけど
おじさんは、それ以上に母親になることのほうがずっとすごいことだと思うよ。」

と言ったのでした。

母ではなく叔父からの言葉なので
私も素直にフムフムとうなずきます。

「結婚はいいもんだよ。」

叔父の言葉に父親も

「そうだよ。」

としみじみ話してくれました。

そして私は

そのわずが一週間後に、未来の夫となる男性に出会うこととなるのでした

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